このページは井本医療建築 ホーム
実績紹介です。


開業にあたっての一番の不安。それは患者の確保が本当にできるかどうかでしょう。順調に集患をすすめ、今では地域になくてはならない存在になっているドクターも、はじめは不安だったと口を揃えます。どんなきっかけが背中を押したのか。どんな思いで乗越えてきたのか。ここにご登場いただいた先生方は2年後、3年後、10年後のあなた。その声から、あなたの開業のチャンスを探ってください。


まさか自分が開業するなんて、考えたこともありませんでした。勤務医としてバリバリ仕事をするのがかっこいいと思っていましたから。 後輩が「実は…」と話したのが井本さんのこと。開業準備で相談しているけれどなかなかいいから話を聞いてみませんかと勧めるので、軽い気持ちだったのです。52歳の時でした。 開業の意志がなかったから資金もありませんでしたが、井本さんのつながりで銀行の融資もスムーズにすすみ、どんどん話が決まっていって。借金を返せるかなって心配になったほどです。
初めにこの場所を見た時も、正直驚きました。回りが田んぼだったのですから。「大丈夫ですか?」って井本さんに聞くと「大丈夫、大丈夫」。 何聞いても"大丈夫"って言うけど、この人ほんとに大丈夫かな、って思ったものです。今では笑い話ですけど。もうひとつの医院は内科がいいとお願いしていたら、その約束も守ってくれました。 脳卒中などで相談に来られる患者さんは、高血圧や糖尿病を患っている場合も多いため、いろいろと相談でき助かっています。2、3年経った頃からは、経営の心配もなくなりました。真面目にやっていれば、どうにかなるものです。
開業して良かったと、よく妻とも話します。勤務医の時は夜でも土日でも、急患があれば呼ばれる。自分の時間はありませんでした。夜中に温泉から引き返したこともあります。人生の最後くらいは、人に使われるのではなく、自分で決断し、仕事をしたい。そう思ったことは間違いではなかった。 60歳になり友人たちが定年を迎える年齢になりましたが、身体が続くかぎりは続けたい。自分のクリニックなら、それもできます。

くが脳神経外科クリニック
院長 空閑 茂樹さま

平成12年12月、福岡市西区拾六町にレント・クリニック(医院建て貸し方式)にて開院。翌年、同じ敷地内に循環器科内科がオープン。
脳神経の病気は高血圧や糖尿病など内科系の疾病とも無関係ではないため、専門家として意見交換をしながら地域の人たちの健康を支えている。2医院と小さいながらもそれぞれの専門性を活かせる点は、メディカルタウンのメリットそのもの。


コンサルタントはインターネットで探しました。5社ほどと面談を行いお話しました。一番現実的な提案をしてくれたのが、井本さんです。
他はとても患者さんが来そうにない天神・大名の夜逃げした元飲食店舗を紹介したり、土地の購入を含め1億5千万円必要と言われたり、非現実的な話でした。いずれは開業したいと思ってはいたものの、何をしたらいいのか、コンサルがどういう仕組みかわからない。そんなにお金がかかるのならムリかなと、何度も思いました。
でも井本さんが福岡から北九州(平成17年当時は新日鐵記念病院に勤務)へ毎週のように足を運んでくれ、「何かあったら責任を持って面倒をみます」と誠実に対応してくれたので、最後は任せようと。
とはいえ、最初は不安でいっぱいでした。地図を広げてみると、提案いただいたこの奈多は、和白から志賀島へ向う半島の付け根。南北は海です。
本当にこの場所で大丈夫かなと思ったものです。競合する医院がないというのが選定の一番の理由でしたが、それは本当でした。最初こそ来患数は多くはありませんでしたが徐々に広がっていき、1年半経過した頃にはこれ以上患者が増えると待合いスペースなどに問題が出るなと、贅沢な心配をするほどになりました。
私自身がそうだったように、開業についての不安や悩みはつきもので、最初の一歩がなかなか踏み出せないと思います。でも信頼できるコンサルタント会社は嫌な顔をせずに相談に乗ってくれ、実現可能な提案をしてくれるものです。結局は人として信用できるかどうかですから。

たけした耳鼻咽喉科
院長 竹下 宗徳さま

平成19年4月福岡市東区奈多に開院。調剤薬局を含め3施設が入居するメディカルビルとして広い駐車場が確保できており、それが来院数の増加にもつながっている。7割以上が地域住民といった堅実な内容で、開業2年目で安定した経営に到達。「欲を出さず、自分の健康に留意して、細く長く継続できたら充分」と穏やかに語る。
このページは井本医療建築 ホーム
実績紹介です。